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 ジョンが亡くなる

    全てを互いに許したジョンが2009年1月5日、手術後に亡くなった。享年はたぶん15歳を過ぎていただろう、と思う。哀愁の夜に線香をいくども点し、別れを告げた。
     なにも語らぬジョンが帰ってきてから動物愛護の方にその旨を伝えた。会いに来てくれると言った、嬉しかった。そのあとに断りの電話が入った。やりきれない気持ちが伝わってきた。

    今日6日火葬した。骨壷に入れる時、そっと触れてジョンを確かめた。これからも我が家の・・・・・・詰まる小声を押さえ店に連れてきた。
     お前とすごした年月は短かかった 心を許さなかった月日が流れ いつしか互いを許しあい お前は誰よりも従順になり 優しいまなざしを見せるように 年月が流れお前は空気のように そんなお前を忘れない いつまでも忘れない ありがとうジョン ありがとうジョンよ

    ジョンが術後亡くなったことを電話で知らされた。そのすぐ後にオールドを飼っているお客様から、発情後(昨年12月下旬)出血が止まらず、拭いても直ぐに周りが汚くなるという電話が入った。とっさに子宮蓄膿症を疑った。午後3時前にももちゃんを迎えに行った。明らかに蓄膿症の症状だ。同乗している旦那さんに緊急手術の必要性を話した
     
    普段から混み合っている動物病院だが休み明けはものすごい。そんな人混みをかき分け獣医に「蓄膿症のようで緊急です」と告げた。直ぐに通され、女医に緊急手術を命じた。膿みにまみれたももちゃんを診察台に乗せ、血液検査と同時に手術の準備にかかった。獣医に危険な容態を告げられ、ジョンの身代わりとして生きてくれることを願いながら、旦那さんと無言のジョンを乗せ一時帰宅した。(オールドとはここを

    翌日の昼過ぎ、ももちゃんのことが気になり電話をし
    た。旦那さんが抗生物質を与えたが、立ち上がれず餌を食べないということを知らされた。急いで店のフードにお湯を加え持っていった。
    私の車の音に”ウアオウワオ”と反応しながら動こうとしたが後肢が開いたままだ。フードがまだ軟らかくなっていない。慌てて持って行ったすり鉢ですった。フードの硬さで手首が痛かった。注射器に入れ口に持っていくと注射器が割れそうになった。団子にしたらむさぼり食べた。(注射器とは、カテーテルシリンジのこと)
     ぐっしょりになったオシッコシートを、重いももちゃんをようやく抱え交換した。これから毎日、抗生物質の投与とシート交換、リハビリにいくこととなった。

      
      

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私が写真を撮り始めたのが中学生の時。まもなく土門拳の衝撃的な写真に出会い、リアリズム写真の世界に入り始めた。著作物を読みながら土門拳の写真にのめり込みモノクロ写真と現像の素晴らしさ楽しさを知った。そんな中で塚田富士夫氏(現在二科会会員)に出会った。
 時が過ぎ昨年(2008年)の10月下旬、JKC(ジャパンケネルクラブ)長野県連の展覧会の前日行われたレセプションで、展覧会の審査委員である土門拳のご子息?という人を紹介された。紹介者は冗談好きのプロハンドラー。疑いつつ子息?と土門拳の話に花が咲いた。まあ、ここまでなら誰でも語れるだろうと思いつつ。
 翌日、きれいに澄み切った松本空港の横で行われた展覧会で、子息?と話をした。
その話の中で、何気なく「今やってる(記念館)ことは乾版をデジタルにして保存している」、と話されたことで、本当の子息であるということに確信を持った。( 乾版とは光に反応する液をガラスに塗布したものでフィルムの一種)

 土門拳記念館の了承を得てリンクしました。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                    

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